ソクラテスの本を読んでみたいけれど、『ソクラテスの弁明』からでよいのか、それとも入門書を先に読んだほうがよいのか。書店で何冊か見比べるほど、迷ってしまうこともあります。
実は、ソクラテス本人は著作を残していません。私たちが読むのは、弟子のプラトンやクセノフォンが描いた姿と、そこから考えをたどる研究者の本です。同じ人についての本でも、誰が何のために書いたかで、見えてくるものが違います。
この記事では、入門・解説書3冊、ソクラテスを伝える古典4作品、番外編1作品の計8選を紹介します。最初の一冊の選び方に加えて、訳の違いと、関心に合わせた読む順番もまとめました。
人物や生涯を知るなら田中美知太郎の『ソクラテス』、まず古典を一冊読んでみるなら納富信留訳の『ソクラテスの弁明』が入口になります。入門書を読み終えるまで原典に進んではいけない、ということはありません。気になるほうから選んでみてください。
人物から知るか、対話や弁論を読んでみるかで、入口を分けています。
対話篇の題名にソクラテスの名前がなくても、彼が中心人物として登場する本があります。
ソクラテスのおすすめ入門・解説書3選
人物と時代をつかむ本、資料ごとの人物像を考える本、問答の論理を深める本の順に並べました。最初の見通しを得るか、原典を読んだあとに考え直すかで、選ぶ一冊も変わります。
1位:ソクラテス【田中美知太郎】
ソクラテスがどんな人だったのかを知りたい方には、田中美知太郎の『ソクラテス』をすすめます。思想の用語だけを先に覚えるより、生きた時代や人物像と一緒に考えたいときの一冊です。
なぜなら、日々の生活から裁判と死に至るまで、生涯と考え方を結びつけてたどれるからです。短い人物紹介からもう少し踏み込みたいときに、問いを広げてくれます。
たとえば、目次には生活、当時の思想、デルポイの神託、死に至る歩みが並びます。有名な「無知の知」という言葉だけでなく、どうして人に問いかけ続けたのかを考える手がかりになります。
1957年に刊行された新書で、言い回しに慣れが必要なところもあります。今風のやさしい概説を期待するより、気になった箇所を『ソクラテスの弁明』と行き来しながら読むとよいでしょう。
2位:哲学の誕生 ソクラテスとは何者か【納富信留】
プラトンとクセノフォンでソクラテスの印象が違うことにひかれたら、納富信留の『哲学の誕生』を選んでみてください。人物像を一つに決める前に、その違い自体を考える本です。
なぜなら、ソクラテスが何者だったかをめぐる、同時代の論争から哲学の始まりを追うからです。有名な哲学者が順番に現れた、という年表とは違う見通しが得られます。
たとえば、裁判をめぐる議論やソクラテスの記憶、日本で受け取られた「無知の知」が扱われます。よく知っているつもりの人物像も、誰の文章を通して知ったのか、と立ち止まれます。
最初の短い概説というより、『弁明』や『思い出』を読んだあとの疑問を育てたい方に向きます。二つの本のどちらが本当かと急いで決めず、違いを持ったまま読んでみたい一冊です。
3位:増補 ソクラテス【岩田靖夫】
問答を読むうちに「相手の答えを崩すことが、なぜよく生きることにつながるのだろう」と感じたら、岩田靖夫の『増補 ソクラテス』が候補になります。対話の仕組みを掘り下げたい方向けの本です。
なぜなら、反駁的対話の構造をたどりながら、その問答を支える倫理的な信念を考察するからです。議論に勝つ技術としてだけ読むと見落とす問いに向き合えます。
たとえば、無知やイロニーに加えて、正義、ダイモニオン、死、幸福が扱われます。言葉のやりとりと、生き方への揺るがない姿勢がどう関わるかを考えられます。
軽い人物紹介を求めると難しく感じるかもしれません。『メノン』などで実際の問答に触れてから読むと、どの議論を詳しく知りたいのかが見つけやすくなります。ここでは増補されたちくま学芸文庫版を紹介しています。
ソクラテスを伝える古典のおすすめ4選
ここからは、古代の著者がソクラテスを描いた本です。最初の通読に向く『弁明』、別の弟子による『思い出』、問答を追う『メノン』、死をめぐる『パイドン』の順に紹介します。本人の著作ではなく、それぞれの著者による描き方があることを心に留めておきたいです。
1位:ソクラテスの弁明【プラトン】
古典をまず一冊読み切りたい方には、プラトンの『ソクラテスの弁明』がおすすめです。ここでは、納富信留訳の光文社古典新訳文庫を紹介します。裁判の場でソクラテスが自分の生き方を語る作品です。
なぜなら、何を大切にして人に問いかけてきたのかが、死の危険を前にした弁論から見えてくるからです。哲学の体系を先に覚えなくても、目の前の一人の人の言葉として読み始められます。
たとえば、知らないことを知っているつもりにならない姿勢が、なぜ周囲との摩擦を生んだのかを追えます。この版には本文のほかに訳者の解説や年譜、次の対話篇へ進むための案内も収められています。
裁判を素材にプラトンが書いた作品なので、発言をそのまま写した速記録と考えるのは避けたいところです。なお、この版に『クリトン』は収録されていません。裁判後の対話も続けて読みたくなったら、法と死をたどる読む順番を参考にしてください。
2位:ソクラテスの思い出【クセノフォン】
哲学が日々の暮らしや人づきあいとどう関わるのかを知りたい方には、クセノフォンの『ソクラテスの思い出』が合います。プラトンとは別の弟子が伝えた、師の言動を読む本です。
なぜなら、友人や教育、指導者のあり方など、生活に近い話題の対話が収められているからです。法廷でのソクラテスだけを知っている方には、違う表情が見えてきます。
たとえば、友人との付き合いや親への態度、将軍に必要な心得が話題になります。抽象的な定義を問い続ける人物像とは別に、人に助言し、教える姿にも出会えます。
ここで紹介するのは相澤康隆訳の光文社古典新訳文庫で、原作の全4巻を一冊に収めた版です。プラトンの本と比べるときは、どちらかをすぐに誤りとせず、書き手の関心の違いを見てみてください。
3位:メノン 徳(アレテー)について【プラトン】
「問いを重ねる」とは実際にどういうことかを読んでみたい方には、『メノン』をすすめます。ソクラテスと青年メノンのやりとりを通して、徳や学ぶことを考える対話篇です。
なぜなら、何かを教えられるかという質問が、そもそもそれは何かという問いに戻るからです。答えを知るだけでなく、質問そのものを確かめる読み方ができます。
たとえば、徳を教えることができるかと尋ねられたソクラテスは、まず徳が何なのかを問い直します。そこから、知っていることと正しい考えを持つこと、知らないものをどう探すかへと議論が進みます。
渡辺邦夫訳の光文社古典新訳文庫を紹介しています。ここで紹介するカードはKindle版で、紙の文庫版もあります。『弁明』を読んで問答の続きを味わいたくなった方や、教育・学びに関心がある方に向く一冊です。
4位:パイドン 魂について【プラトン】
ソクラテスが最期の日に何を語ったのか、死と魂をめぐる議論を読みたい方には、『パイドン』があります。納富信留訳の光文社古典新訳文庫を紹介します。
なぜなら、獄中で交わされる対話のなかで、魂は身体の死後も存続するのかを問い続けるからです。死をどう受け止めるかという関心から、知識や存在の問題へ進んでいけます。
たとえば、魂が身体から離れて存在できるという考えに対して、仲間から疑問が出されます。結論だけを覚えるより、どんな説明があり、それに納得できるかを追う読み方ができます。
『弁明』より議論に時間がかかるところもあります。プラトン中期の代表的な対話篇であり、歴史上のソクラテスの考えとすべて同じだとは限りません。プラトンのおすすめ本も参考に、対話篇のつながりをたどってみてください。
番外編:喜劇『雲』に描かれたソクラテス
弟子の本を読んでから、同時代にどんなふうに見られていたのかも知りたくなったら、喜劇を一つ加えてみてください。ここは入門書の順位に混ぜず、読み比べのための番外編としました。
雲【アリストパネース】
ソクラテスの違う姿に出会いたい方には、アリストパネースの喜劇『雲』があります。高津春繁訳の岩波文庫版です。敬意を寄せる弟子の文章から、少し離れたところに立って読む一冊です。
なぜなら、舞台上のソクラテスは、笑いや批判の対象として描かれているからです。賢者としてたたえる文章だけでは見えにくい、当時の受け取られ方を考えられます。
たとえば、教育や弁論をめぐる場面に、学問の世界への風刺が織り込まれています。ただし、喜劇の人物の言動を、そのまま実在したソクラテスの教えとして読むことはできません。
最初の人物入門より、『ソクラテスの思い出』や『哲学の誕生』と比べたい方に向きます。資料によって人物像が変わる面白さを感じたときに、手に取ってみてください。
ソクラテスのキー概念と読める古典
有名な言葉だけではつかみにくいときは、それが出てくる対話や弁論へ戻ってみるとよいでしょう。気になる問いと、まず開いてみたい本を対応させました。
知らないことを、知っているつもりにならない
「無知の知」という言葉から入るなら、自分の知識への思い込みを確かめる姿勢に注目してみてください。何もかも知らない、と宣言するだけの話ではありません。
なぜなら、知らないのに知っていると思うことが問いを止めてしまうからです。「不知の自覚」と表すと、知らなさを自覚して探究を続ける面にも目を向けられます。
たとえば、正義とは何かと聞かれたとき、すぐに例を挙げられても、誰にも当てはまる説明は難しいかもしれません。そこで問いを終わらせず、説明をやり直せるかが大切になります。
『弁明』のなかで、なぜ人に問いかけたのかという説明と合わせて読んでみてください。呼び名の受け取られ方まで考えたい方には、『哲学の誕生』がつながります。
問答では、言葉の意味まで戻る
問答を読むときは、相手の答えがどう確かめ直されるかを追うと、やりとりが見えやすくなります。誰が勝つかだけで読み終えないでおきたいところです。
なぜなら、同じ言葉を使っていても意味を共有できているとは限らないからです。結論がまとまらない対話にも、何がわかっていないかを見いだす過程があります。
たとえば、『メノン』では、徳を教えられるかに答える前に、徳そのものを定義しようとします。教え方の工夫だけでは片づかない問いが現れます。
問答の論理と倫理の関係まで気になったら、『増補 ソクラテス』へ進めます。答えを急ぐ前に質問を確かめる、という読み方から始めてみてください。
魂への関心を、どう生きるかと結びつけて読む
ソクラテスをめぐる魂への問いは、死後のことだけに限らず、生き方をどう大切にするかとも結びついています。ただし、作品ごとの議論の違いは残して読みたいです。
なぜなら、法廷で生き方を語る場面と、魂の不死を論じる場面では問い方が違うからです。一つの言葉だけで両方を同じ主張にまとめると、対話の細部を見落とします。
たとえば、『弁明』では危険を前にした生き方を、『パイドン』では魂と身体をめぐる説明や反論を読めます。
二冊を読んで考え方の違いが気になったら、それはよい読み比べの入口です。ソクラテスを描くプラトン自身の哲学にも、少しずつ関心を広げてみてください。
自制や教育を、日々の行いから考える
暮らしのなかのソクラテスを読むなら、クセノフォンが伝える自制や教育も気に留めてみてください。何かを知ることと、その知恵をどう使うかを一緒に考えられます。
なぜなら、人との付き合いや自分の振る舞いも学びに関わるからです。徳という言葉が遠く感じられるときも、具体的な話題から近づけます。
たとえば、『ソクラテスの思い出』には、友人、親、指導者をめぐる話に加えて、自制心や教育の必要性を扱う対話が収められています。
何を自分に引きつけて考えられるかを選びながら読んでみてください。プラトンの定義をめぐる問答と比べると、教育する姿の描かれ方にも違いが見つかります。
ソクラテスの本を読む順番
最初から8冊すべてを読む必要はありません。まず古典を読みたいのか、人物像を知りたいのか、死や正義を考えたいのか。いま近い関心から順番を選べます。

まず古典を一冊読み切りたい方へ
古典から入るなら、弁明→メノン→思い出の順をすすめます。最初から研究書をそろえなくても、言葉のやりとりを追うところから始められます。
なぜなら、一人の弁論から対話へ、さらに別の書き手へと進めるからです。最初の一冊で学説の全体を理解しようとするより、違いに気づきやすい順番です。
たとえば、『弁明』で人に問い続ける姿が気になったら『メノン』へ進みます。生活のなかでどう人に接したのか知りたくなったら、『思い出』を開いてみます。
一冊目でわからない言葉が残っても大丈夫です。人物の背景を知りたくなったところで、田中美知太郎の『ソクラテス』を挟むこともできます。
生涯と、複数の人物像を知りたい方へ
人物への関心が強い方には、田中美知太郎『ソクラテス』→思い出→哲学の誕生という順が合います。そのあとで番外編の『雲』を加えると、読み比べが広がります。
なぜなら、生涯の見通しを持ってから書き手ごとの違いを考えられるからです。資料が食い違うことを、ただの混乱として受け取らずに済みます。
たとえば、『思い出』の教育者としての姿と、『雲』の風刺された姿は、そのまま重なりません。『哲学の誕生』を手がかりに、描く目的の違いも考えられます。
どれか一冊で本当の人物像を決めてしまうより、違う姿が残ること自体を面白がれる方に向く読み方です。古代の社会にも関心が広がったら、歴史学のおすすめ本も次の候補になります。
法と死をめぐる問いをたどりたい方へ
裁判から最期までを追うなら、弁明→クリトン→パイドンという順番があります。ソクラテスがどんな場面で何を問われたのか、流れに沿って読みたい方に向きます。
なぜなら、法廷、刑を待つ獄中、最期の日では対話の状況が変わるからです。死を受け入れる姿を一つの美談にまとめる前に、それぞれの議論を読めます。
たとえば、『クリトン』では脱獄のすすめをめぐって、法や正義が問われます。三篇を一冊で読みたい場合は、田中美知太郎・池田美恵訳の新潮文庫『ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン』も候補です。本記事の光文社版とは訳と収録内容が違います。
法や正義に関する考えをさらに掘り下げるなら、『増補 ソクラテス』へ。ほかの対話篇を選びたい方は、プラトンの作品と読む順番も見てみてください。
ソクラテスのおすすめ本についてのよくある質問
題名や訳の違いで迷いやすい点を、買う前に整理しておきます。同じ作品を別の本と思って重ねてそろえる必要はありません。
ソクラテス本人が書いた本はある?
ソクラテス本人の著作は残っていません。彼を知るには、プラトンやクセノフォンなどが書いた本を読んでいきます。
なぜなら、今に伝わる言葉や人物像は他者の著作を通したものだからです。題名にソクラテスとあっても、著者欄まで確かめると本の性格がわかります。
たとえば、『ソクラテスの弁明』はプラトンの作品で、『ソクラテスの思い出』はクセノフォンの作品です。『雲』はアリストパネースによる喜劇で、同じ種類の記録ではありません。
本人の教科書を探すより、まず誰がどんな姿を描いているかを見て選ぶと、最初の一冊が決めやすくなります。
『ソクラテスの弁明』はどの訳から読むとよい?
本文と解説を一冊で読みたいなら、納富信留訳の光文社古典新訳文庫が候補になります。最初から複数の翻訳を買う必要はありません。
なぜなら、本文を読み終えてから背景や次の対話篇を確かめられるからです。まず一冊を通して読み、気になったところに戻る使い方ができます。
たとえば、裁判の背景は解説で確かめ、別の対話篇に興味が出たら巻末の案内を読みます。一方、『クリトン』『パイドン』まで一冊にまとめたい方には、新潮文庫の三篇合本という選び方もあります。
訳を比べるときは、利用できる試し読みや店頭で言葉の運びを見てみてください。収録されている篇と訳者を確かめ、自分が読み続けられそうな一冊を選べば大丈夫です。
ソクラテスとプラトン、どちらを先に読む?
ソクラテスに関心があるなら、プラトンの『弁明』から読み始めて構いません。二人の本をまったく別の入口だと考えなくてもよいでしょう。
なぜなら、プラトンの多くの対話篇ではソクラテスが中心人物になるからです。その一冊を通して、描かれる人物と書き手の哲学の両方に触れられます。
たとえば、『弁明』のあとに『メノン』を読むと問答へ、『パイドン』を読むと魂や死の議論へ関心を広げられます。ただし、対話篇の主張をすべて歴史上のソクラテスの教えとみなすことはできません。
プラトン自身の哲学をもっと読みたいと感じたら、プラトンのおすすめ本から次の作品を選んでみてください。さらに先のギリシア哲学には、アリストテレスの本もあります。
気になった問いから、一冊を選んでみよう
人物と時代を知るなら田中美知太郎の『ソクラテス』、古典をまず読み切るなら『ソクラテスの弁明』、暮らしのなかの対話に触れるなら『ソクラテスの思い出』が入口になります。
一冊を読んで別の描かれ方が気になったり、問いが増えたりすることもあります。全部を理解してから次へ進もうとせず、いま知りたいことに近い本を選んでみてください。ほかの哲学者にも関心が広がったら、哲学のおすすめ本から探せます。
